杣道を行くように
2012-11-25
た(Ta)
![[image]](!essay-somamiti_wo_yukuyouni/somamiti_wo_yukuyouni.png)
昔、ネットでたまたま見かけた言葉なんだけど、一目で記憶に焼きついて、いつかこの題で何か書きたいと思っていた。
杣道を行くように
月光の照らす道を蜘蛛が歩むように
読み返して思うに綺麗な文だなぁ。すんなりと情景が目に浮かぶ。こういう美しい表現がさっと出てくるようになりたいものだ。ちなみに、具体的な文脈としては「進む」を修飾する副詞で、一言で言ってしまえば「ゆっくりと」だったり、「確実に」だったりと同じ意味なんだけど、読み手に与える印象がまるで違う。「ゆっくりと進めばよい」なら、ただそれだけだけど、「杣道を行くように、月光の照らす道を蜘蛛が歩むように進めばよい」なら、そこには話者の暗黙の含意と、読者の経験に照らして解釈される風景が広がる。この風景について書くのも一興だけど今回はやめておこう。そもそも、私には文才がないから、月並な感想になるだけだ。詩人というか、言語の魔術師って本当にうらやましい。センスの問題だからなりたくてもなれないんだよなぁ。せめて、(コンピュータ)言語の魔術師[1]くらいを自称しようか。いやいや、それもおこがましいな。ポインタの魔術師くらいにしておこう。って、話が飛んでしまった。
話を戻す。こういう卓越した表現に少しでも近づきたくて、今更ながらに「声に出して読みたい日本語」を読んでみた。えぇおっさんだからね。さすがに声に出して読むのは恥しいけど、ベストセラーになるのも納得の良書でした。一般的な義務教育の教科書に載っているような文章も多いから、半分くらいはどっかで読んだ(聞いた)ことがある例文だったかな。中でも、「あぁ、あった、あった。昔、覚えさせられたよ。」と、大変懐しい気持になったのが有名な孟浩然の春暁。
春眠 暁を覚えず
処処 啼鳥を聞く
夜来 風雨の声
花落つること知る多少
超訳すると、「春は朝が来ても気付かない。所々で鳥が鳴いているのが聞こえる。昨夜は雨が降り風もきつかったようだ。どんなにか花が散ったことだろう。」くらいになるのかな。これまた春の朧な風景が目に浮かぶいい詩だね。ところで、この詩をひらがなで二字変えると意味が全然違ってくる。
春眠 暁を覚えず
処女 低調を聞く
ヤラい[2]夫婦の声
花落つること知る多少
超訳(しても仕方ないけど)、「春は朝が来ても気付かない。処女は調子が悪いとのことだ。エッチな夫婦の声が聞こえてくる。昨夜は何人の花が散ったことだろうか。」何処で目覚めた、この鬼畜野郎。春と花の意味が違いすぎるわ!...な詩だね。セクシャルな表現に敏感な中高生はこちらで覚えてみてはどうだろうか。漢詩で「処女」はないだろうと、「しょじょ」の「じ」から点々をとって「しょしょ」。いくらなんでも「ヤラい夫婦」も出て来ないだろうと、「ふうふ」の「ふ」から点々をとって「ふうう」。これで、元に戻ります。って、あれっ! 言葉の魔術師になるはずだったのに、なんでこんな話になってんだ?
話を戻す。先の本でも強調されていたことだけど、暗唱文化の復権って大事なことだろうと思う。格調高い珠玉の日本語を身につけておくことは、美に対する感性を磨くし、なにより知性的で格好よく見える。どうせなら、「センスがない」やら「風流心を解さない」にしても、「落花啼鳥の情けも心に浮ばぬ。」とかしれっと言えるようになりたいものだ。記憶力のすっかり衰えた今からでも、テーマを決めて少しづつ名文を暗記していこうと思う。五七のリズム感を持ち、語呂合わせに向いた日本語は暗唱にうってつけで、考えてみれば「春はあけぼの」とか、「富士山麓にインコ鳴く」とか、誰しもが部分的には暗記してるんじゃないかな。確か円周率を何万桁と暗記してギネスブックに記録されているのも日本人で、自分なりに作成した語呂合わせを用いて暗唱しているとのことであった。ところで、語呂合わせによる暗記と言えば、やはり化学の元素周期表だろう。今に限らず暗記がとにかく苦手であった私にとって、化学は理系科目の中でも一番の苦手分野だったのだが、それでもそれなりに「塩素」、「ナトリウム」、「マグネシウム」などのキーワードが出てくるのは、秀逸な語呂合わせの功績が大きい。中でもこれは一生忘れることはないだろうと思えるのがアルカリ土類金属の覚え方。
ベットに潜って体すりよせるババァの裸体
Be(ベリリウム) Mg(マグネシウム) Ca(カルシウム) Sr(ストロンチウム) Ba(バリウム) Ra(ラジウム)
いやはや、こんなの高校生が一度聞いたら忘れようとする方が不可能[3]だ。しかし、イメージが鮮烈すぎて、「体すりよせるババァの裸体」は覚えていても、「Sr」が「ストロンチウム」であることなどすっかり忘れているあたり、本当に役に立っているのかどうかは甚だ疑問ではある。当時、試験で思いだせたのは、「ババァの裸体」だけであって、決っしてバリウムとラジウムではなかったことを今ここにカミングアウトします。って、また、脱線した。何だよ、この流れ。名文暗唱の話をしてたのに...。
話を戻す。大体、私は国語が苦手だ。小学生の時から一番嫌いだった。その次に嫌いなのが社会と英語。これでは美しい文章についてのウンチクなど語れようはずもない。そもそも、私の専攻は数学と電気だ。ならば背伸びなどせず、こちらで美意識に対するセンスを見せつけねばなるまい。そういうわけで、少々強引だが、数学の世界でよく美しい式として話題になるのはオイラーの等式であろう。
e^{i\pi} = -1
数学における最も重要な3つの定数、ネイピア数e、虚数単位i、円周率\piが一つの式で結合されるというのは驚きというほかない。しかしながらこの表式はどうも美しくないように思うのである。 '-1'というのがなんとも中途半端だし、目標である左辺がシンプルである方がより審美眼に適うように思われるのだ。となれば、私としてはやはり次の表式を勧めたい。
0 = 1 + e^{i\pi}
前式に加法の単位元'0'と乗法の単位元'1'が新たに加えられることにより、 5つの特別な定数が一つの式に収まる非常に綺麗な形式をしている。また、'0'、'1'という並びも自然数の順序に整合している。感動的なまでに美しい。ただ、前式にも覚えやすい語呂合わせがある。
e^{i\pi} = -1
いい巨乳(パイ)はマイナス1点
いったいどこの貧乳好きがこんなの考えだしたんだろうか。おおっきいからマイナス1点って、そんなコンプレックスまるだしは感心できませんね。ボイン[4]を怖れてはいけません。もちろん求めてもいけません。
おおっきいのんがボインならぁ〜、ちっちゃいのんはコインやでぇ〜、もっとちっちゃいのんは、ナインやでぇ〜。
メロディとともに自然と暗唱できる昭和のフレーズ。えぇ、えぇ。かく言う私も本当は好きですとも、手の平サイズ[5]。って、あれっ。なんでまた、こんな話に。もう、いやっ!
ああ、美しい言葉を紡ぎだす魔術師になりたい。
杣道を行くように
月光の照らす道を蜘蛛が歩むように ... 粛々と精進するしかない